昔の職場の女性課長

午前中から雨でしたが、マッサージに行ってきました。いつもは、社交ダンスのレッスンの後にマッサージを受けるのですが、今日の予定のレッスンが昨日に変更になったので、今日はマッサージだけです。何度も書いていますが、マッサージの先生はすばらしいです。こちらも何度も書いていますが、私は今後ずっと今の家に住みますので、マッサージの先生をかえることはないです。

ただ、マッサージの先生も私を思い通りにしようとしている人たちに命令されて、私に何か言ってきていると思うことが多いです。誰もそうでしょうが、先生も、私を思い通りにしようとしている人たちに命令されたら、嫌な思いをするでしょう。マッサージの先生は目が見えないので、目が見える方に比べて、たいへんなことが多いでしょうから、私を思い通りにしようとしている人たちに命令されたら普通の人よりよりたいへんでしょう。

私は、私を思い通りにしようとしている人たちに、「私に嫌がらせをするにしても、障害者を使うようなことはやめてほしい」と何度も書いています。しかし、私を思い通りにしようとしている人たちは、私に嫌がらせをするために、障害者の方たちも平気で使ってきます。

私を思い通りにしようとしている人たちは、私が精神科に入院しているときは、入院している患者さんも平気で使ってきました。私を思い通りにしようとしている人たちは、「障害者の方は、普通の方よりたいへんなので、使うのはやめておこう」とかという気持ちがないのでしょうね。

私を思い通りにしようとしている人たちは、自分の目的のためなら、誰に迷惑がかかろうと全く関係、人としてのモラルも、優しさも一切ない人たちなのでしょうね。それは、間違いないです。

今日も、マッサージの先生が、私を思い通りにしようとしている人たちに命令されているように感じました。私の周りで、いくつかの京都に関することがあったあと、マッサージの先生が、特に必要性もあまりないのに京都の名前を出して、話をしてきたからです。

私を思い通りにしようとしている人たちは、私に京都の行って仕事をしろと言っているのでしょう。私を思い通りにしようとしている人たちが、私に対して、京都に行けと言っているように感じることは、とても多くありました。

京都は、私が精神の病状を発症した頃の、女性課長の出身地です。あれからだいぶ年月がたっていますが、女性課長は出世して現在も在職していると思います。出身地が京都ですから京都にいる可能性が高いです。想像ですが、私を思い通りにしようとしている人たちは、その元女性課長に「○○(私のこと)が精神の病気を発症したのは、お前に多くの原因があるので、○○を京都に行かせるので面倒を見ろ」と言っているのではないかと思うのです。

何度か、書いていますが、私が精神の病気を発病したのは、仕事がたいへんで発病したわけではないです。当時の、私の部署は複数の課長がおり、仕事も、複数の課長から指示がありました。そのような場合、当然、自分で、仕事のスケジュールを管理し、無理であれば断らないといけないです。上記したように、複数の課長から仕事の指示があったので、それぞれの課長は、部下がどれだけ仕事をもっているかの詳細はわからないですから。

ただ、私は、仕事をするのは好きでしたし、仕事を断るのは苦手でしたし、スケジュールをたてるのも下手でした。なので、スケジュール的に厳しくても、仕事を言われたら断らずに受けることが多かったです。そうすると、とても忙しかったですが、当時のことはあまりおぼえてないですが、あまり残業をしないようにという風潮もあったように思い、昼休みや家に持ち帰って仕事をしたりしたこともあり、少したいへんではありました。

ただ、仕事のたいへんさであれば、「昔の仕事」に書いているように20代のころのほうがはるかにたいへんでしたが、当時病気を発病したりはしなかったので、仕事が忙しくて発病したわけではないです。

私が病気を発病したのは、その頃から(それ以前からかもしれないですが)、当時の会社関係者等と思われる人たちが、私のことを監視していたからです。その頃は、嫌がらせはほとんどなかったと思いますが、監視されているというのは、とてもしんどいことです。なので病気を発病しました。誰だって、ずっと監視されていたら、それだけでも、とてもしんどいと思いますよ。

複数の課長からの仕事の指示のうち、一番、多くの仕事をいただいていたのは、女性課長ではありました。女性課長からいただいていた仕事を、私は、それほど上手にできなかったと思いますので、その点はたいへんでした。ただ、私が、あまり上手に仕事ができなくても、女性課長は、いつも私にとても丁寧に指導をしてくださっており、とてもすばらしい上司だったと思います。

ひとつだけ、女性課長との思いでを書くと、仕事の関係で大阪の本社から社員が出張で来られた時、女性課長は、体調を崩していたと思います。しかし、女性課長は、病院に行き、注射をうってまで、仕事だけでなく来られた社員の方の歓迎会にも参加しました。そのように、女性課長は、仕事にとても責任感がある方でした。

上記したように、私が病気を発病したのは、監視されたことが原因です。女性課長には、何の責任もありません。なので、女性課長が、私を思い通りにしようとしている人たちに、私のことで何か言われてもいっさい気にすることはないです。

何度も書いていますが、私は、今の家にずっと住み愛媛から出ることはないです。なので京都や女性課長が在職している職場にいくこともないです。また、女性課長が、仕事で松山に来られたとしても、私が会いにいくことはないでしょう。

女性課長の状況は、私にはわからないですが、元気でやっていると思います。今後も、元気に過ごしてもらえればと思います。

当時の仕事場のことは、もう少し書きたいこともありますが、長くなるので、また別の機会にと思います。